2015.06.27

おちこんだりもしたけれど

夏風邪、えげつないです。
喉の腫れはひいたのに、咳がまだ残っている現在。
疾く去ね。
(時々ふわっとこの言葉浮かぶんですけど、誰の言葉だったのか思い出せない。まあ、昔の読んでたらそれなりに色んな人が言ってそうなんだけど。陰陽師とかかな)


風邪をひき始めた頃に(つまり6月上旬)、ノートが一冊届いたんですよ。
差出人は学生時代の友人。
なんだろうと思って開封して、「おおー」と笑ってしまった。
大学時代の友人たちからの交換日記でした。

なにがきっかけだったのかはもう全然覚えていないから、
卒業後、飲みの席かなにかで盛り上がってそのまま実行されたんだと思うんですが。
なんとなくで始まったそのノートは、
皆が時間のある時に書きたいことを書いて、
学生の頃のように毎日会うわけではなし、私のように地元を離れた人間もいるので、
次の人には郵送するという形でまわされることになったわけです。
メンバー十人いるんですけど、このなんの強制も規制もないノートは、いつかどこかで止まるだろうなと、
皆最初からなんとなくは思っていたはず。
私は前回自分がいつこのノートを書いたのか、記憶にない。
盆や正月の飲み会で、思い出したように誰かが「今あのノートどこにあるんだ」と言うくらい。

それがね、届いたんですよ。
ノートの最初の頁を書いた人の日付が2010年。
友人たちの2010年から2015年までのできごとは、
知っていることも知らないことも書かれていて今現在私が持っている記憶とあいまってなんとも不思議な味を出していました。

つい先日、兄(5歳)弟(3歳)の元気な写真を見せてくれた友人が、
交換日記の中では、「第二子が生まれました」と顔の真っ赤な赤ちゃんの写真を載せていたり、
私もこのブログに書きましたけど、数年前に宮島で結婚式あげた友達が、
「皆に渡せていない写真~」と、結婚式時の着物姿の我々の写真を載せていたり(ください)、
そうかと思えば、
文字から滲み出る激務による疲労と、ダークサイドに落ちかけな様子、それから、ノート一年くらい止めてごめん、の文字があって
なんだか今すぐ連絡とってまた飲みに行こうね、と当時の友人の肩をがくがく揺さぶりたくなったり、
いつしか行ったんだ~と聞いた海外旅行記の詳細が載っていたり、
今はまっているもの、の映画や歌手や雑貨なんかを見て、そういやあの時こうだったなあとしみじみしたり、
たった一冊のノートに、数ページずつ書かれたそれぞれの当時が広がっていて、
今と昔を行きつ戻りつするような、そんな不思議な感覚になりました。

それで、その中にもうすっかり忘れてしまっていた自分の頁がありました。
4年前にたった数行、「今書けることがないから次の人にまわすねー」というような内容で。
前後の頁との温度差が激しすぎた。ちょっとひどかった。

今だからこそ笑って言える話なんですが、
当時私は、勤めていた会社の業績悪化に伴うリストラにあって人生2度目の無職を体験し、
再度転職しようにもまったく仕事が見つからない一年弱を経て、首の皮一枚で次の職場が見つかって働き始めて少し経った頃。
衣食足りて礼節を知るとはよく言ったもので(孔子様マジパネェっす)、
通帳残高がゼロに近づくのと正比例して思考が見事にダークサイド寄りになっていったのも事実で、
なんとか生活はしていたけど、一連の日々をまだネタにすることもできなくて皆に対してなんにも書けなかったんでしょう。
この辺まったく思い出せないけど、多分そんなところだろうと思う。
ただちょっと今の自分が読むと恥ずかしかったよね。
「そんなアンニュイな雰囲気出さんでも大丈夫だって! 面白ネタ色々あるじゃん!」
と当時の私の背中ばしばし叩いて言いたいけど、多分言われたらナイフみたいに尖りつつガラスの心を持て余していた頃だから、
奇声を発して暴れていたかもしれない。こわいこわい。
とにかく、忘れてた自分に会うのって気恥ずかしいですね。
しかし皆の日記を読みながら、わっと5~6年くらい前から今日に至るまでの記憶が甦ってきて、
あーなんか色々あったなぁと。
で、4年ぶりの交換日記をこれから書くわけなんですが、ふっと思い出したのがタイトルの言葉でした。

ジブリ映画「魔女の宅急便」のコピーで、主人公キキの言葉なんですが、
これは年々沁みてくるというか、沁みてきたというか。
キキって、13歳で(10歳?)独り立ちして自分で生きていくじゃないですか。
知らない街に降り立って、自分の力で生きていく中で拠り所を失って、周りの人に支えられて、
最後にはまた自分の力を取り戻す。
当たり前にあった魔法の力を失うって、もう彼女にとってはとんでもないことのはずで、
それこそ自分の軸や芯を見失って、これからどうやって生きて行けばいいのか、不安で苦しくて、
でも甘えられる両親はもう傍にいなくて、
叫び出したいような孤独や恐怖とあの小さな体で戦って戦って、何度も泣いて、足掻いて、眠れない夜もたくさんあったはず。
そんな数多の嵐のようなできごとを、彼女はさらりとこうですよ。
「おちこんだりもしたけれど」。
落ち込むってレベルじゃないだろ、と思うんですが、くどくど余計なことは言わない。
続く「私はげんきです」に込められた、前を向く言葉のきらきらしさ。
本当にキキ先輩(13歳)見習いたい。

興奮して話がずれてきた。
そう、キキ先輩の偉大さは今後も見習うことにして、
今の私がこの交換日記を書こうと思った際に、
4年前の自分の日記を受けた上で、
なんだか非常にしっくりくる言葉だなあと思ったわけです。

それはきっと私だけのことではなくて、
会うこともほとんどなくなって、お互いにもう知らないことの方が多くて、
交換日記に載っている微笑ましかったり楽しかったりする皆の日常には、
「おちこんだりもしたけれど」
が大なり小なりあって、その上での
「私はげんきです」
なんだろうと思うんですよね。
いつか止まってしまうだろうなとなんとなく思っているこの交換日記が、
それでも4年ぶりに私の手元に届いたということは、
いつもは忘れているけれど、手元に届いた時に感じる皆の「げんきです」に自分の時間を振り返ったり、
それぞれの場所でがんばってきたんだなぁと力もらって、
これからも、なんとなくでも続けばいいなと皆が思っているからなのかも。
そう考えると、なんとも重みのあるノートだなあとつらつら考えました。

6月は風邪で頭が始終ぼーっとしていたせいもあるんですが、
自分の中でこの5年を行ったり来たりする不思議な一ヶ月でもありました。

しばらく手元であたためて、「私はげんきです」と書ける今に感謝しつつ、送り出そうと思います。
それで、いつかまた忘れた頃にひょっこり会えるといいな。

とりあえず、肉体的な意味で早く元気になろう。



一言返信



6/16に一言くださった方>
ご丁寧にありがとうございます! あまりにもひどいので、少し前に削除したつもりだったんですが、
キャッシュかなにかがまだ残っているのかも知れません。一応、サイトからのリンク等は外して、掲示板そのものもweb上からはおろしてあります。
またなにかありましたら、是非ご連絡下さい。ありがとうございました。
書籍へのお言葉も、ありがとうございます。今後も頑張りたいと思います。
この記事へのコメント
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Posted by at 2015.07.09 11:07 | 編集
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